私は大学生の頃、大学の寮で暮らしていました。親からの仕送りがあったのは最初の2年間のみで、3回生の頃から仕送りはなくなり、学費と生活費を自分で稼がなければいけなくなりました。
幸い寮生活だったので、そんなに生活費はかかりませんでした。大学の授業料も毎日アルバイトをすれば何とか稼ぐ事が出来ました。
しかし、学生の時の私は悪い癖を持っており、お金がないのにローンを組んで高い買い物をしてしまう事が度々ありました。そしていつも、ローンを組んだ後に途方にくれるのです。
アルバイトを1つしているくらいでは生活費から授業料、ローンの支払いまで、すべてを賄うことが出来ないのです。
支払いを滞りなくするにはアルバイトを増やさなければなりません。一番多い時で私は3つのアルバイトをかけ持ちした事があります。
朝8時から夕方まで建設関係の事務のアルバイト、18時からは夜の22時まで本屋さんでアルバイト、23時から午前2時までは居酒屋でアルバイトをしていました。学生なのに1日中働いていたのです。多いときは一ヶ月の収入が20万前後になったこともあります。
おかげ様で支払いは滞りなく済ます事が出来ました。その代わり、学業の方は滞る事が多く他の人より2年程長く大学に通う事になったのは言うまででもありません。
キリギリスな大学時代
大学時代の生活は、なんというかふわふわしていました。 今考えると、だらしないなー、と心から思います。
まず、お金にだらしがなかったです。 それは、「あったらあっただけ使う」という一番やってはいけないことをしてしまっていたからです。
大学時代、私は都下で一人暮らしをしていました。 家賃は8万3千円のアパートです。
収入は、月に1回の奨学金と週に2~3回のキャバクラでのバイト。 奨学金のほとんどは家賃に消えてしまいました。 キャバクラのバイトは月に約10万ほどでした。 親からの仕送りは月に5万ほどありました。
都内にあったキャンパスへの通学は、オートバイで通っていたので、ガソリン代もかかりました。バイクローンを利用してバイクも購入していましたしね。※参考サイト:バイクローン情報
私は当時、バイク仲間と色々な所へツーリングへ行くのが楽しくて、 休みの日のたびに、関東圏の様々な場所へツーリングへ行き、美味しいものを食べ、観光をする、というのが生きがいでした。
当時、ツーリング1回1回はそんな大金じゃない、と思っていましたが、 今考えれば、ガソリン代、高速代を考えれば、 大学生の私が毎週のようにツーリングに行くのは贅沢の極みですね。 お金がなくなっては、キャバクラのバイトを増やす、という感じでした。
ですが、その無謀というか無理があって、様々な人と出会いがあり、様々な体験できたのだと思います。
ちなみに今は、普通の会社員として、母として、 とりあえず人並みの金銭感覚で生きれているかな?と思います。
貯金にはまった学生時代
私は大学時代は生活費や学費は親に支払ってもらっていましたが、遊んだり少し貯金するためのお金はアルバイトで稼いでいました。
3つ掛け持ちしていてフル稼働状態で働けば月に15万円くらいにはなっていました。
3つすべて飲食店のウエイトレスだったのですが、春休みや夏休みの長期間の休みは学生なのか社会人でもう働いているのかわからないくらいにお金を稼ぐことに一生懸命になっていました。
最初バイトを始めたばかりの時はちょっと貯まったらそれで友達と旅行に行こうとか、外食する機会が増やせるようになるとか思っていたのですが、月末にある程度まとまった額を手にするようになるとそれをほとんどすべて貯金するようになりました。
私はその時初めて自分が意外とケチなんだなと気付きました。
しかしそれだけバイトをしていながらほぼ使っている様子がないと、さすがに仲のいい友達などが私の貯金額に興味を持ち始めました。
でもそんなことを自慢したいがために貯金しているのではなかったので、最後まで結局友達には内緒にしていましたが、最終的には300万円以上貯まりました。
そのお金はどうしたかというと実は今でも定期預金に入れてあります。
なぜかそのお金には手をつける気になれないでいるのが自分でも不思議です。
何の不自由もなかったです。
大学生の時、実家を離れて一人暮らしをしていました。大学の近くにある安い学生マンションに住んでいて、家賃(光熱費込み)と生活費は親が払ってくれていました。
家賃が引き落とされる通帳に私の生活費も一緒に振り込まれていたのですが、月々に決まった額が振り込まれるのではなく、半年からそれ以上暮らしていける金額が常に通帳にある状態でした。
今となってはよく覚えてないのですが、いつも通帳には100万近く入っていたと思います。
家賃が4万円で、私はお金がかかる趣味もなく、派手に遊んだりするようなこともなかったので、生活費はほとんどかかりませんでした。
友だちとご飯を食べに行ったり、映画を観に行ったりしても、月に一回、5万円くらい通帳からおろしておけば十分生活できました。
まとまった金額をいつでもおろせるという、お金を使おうと思えばいくらでも使ってしまえる状態にあったのに、自分はよく無駄遣いもせず生活していたなと思います。
もともとの性格もあるかもしれませんが、やはり親が稼いでくれたお金を必要以上に使うことに罪悪感があったのだと思います。
その時は特に何も思っていませんでしたが、今では経済的に支えてくれたこと、自分のことを信じてまとまったお金をいつも通帳に入れておいてくれたことを両親に感謝しています。
アルバイトをしなくても大学生活は送れたのですが、卒業旅行の費用ぐらいは自分でお金を出そうと思い、大学の後半から塾講師のアルバイトを始めました。
時給がよかったので、短い時間でもそこそこお金は貯まりました。
親からもらっていた生活費はあまり使わないようにしていましたが、自分で稼いだお金は旅行の費用として派手に使いました(笑)
アルバイトばかりの大学生活でした
大学時代を振り返ってみると遊んでばかりでお金のピーピー言っているばかりでありました。
しかし、入学金やら毎年の授業料などは親に出してもらっていましたが、後はほとんどお金をもらうことはめったにありませんでした。
下宿をしているような友人たちに比べれば、部屋代はいらないし、3食とも家で食べれば無料と言うことでありましたから、最低限の生活は親によって保障されていたと思います。
しかし実際には食事については家で食べることはあまりなく、それは自分で出していました。家にいわゆる飯代を入れてはいませんでした。
そうすると、空いている時間は遊んでいるかアルバイトに精を出しているという状況になります。
私の場合は時間を制約されたくないと言う正確でありましたので、長期にわたるアルバイトはあまりやったことがなく、長期のアルバイトでも長期の休みの間に一カ月にわたるくらいでそれ以上の長期のアルバイトはやりませんでした。基本的には短期のアルバイトの数を重ねると言うやり方でありました。
比較的大金がいる場合はその前に頑張ってアルバイトをするか、それとも一時的に親に借りるかをしていました。
やはり親から借りていると気が楽で返済も滞りがちなこともありました。
そういう感じで、親に養ってもらっている感じがあまりに出るのも嫌だったので、学生融資を利用したりもしていましたね・・・。参考→http://xn--48so21do6m62e.com/
大学の特徴を生かしたために
私は教員養成系の大学にいたため、塾講師や家庭教師など、時給の高いバイトだったり、模試監督のような作業が簡単でそれなりの時給のバイトにつくことが多くありました。
塾講師や家庭教師などは、自分のスキルを磨くのにもちょうどよく、責任こそ重かったですが今思えば素晴らしいバイトをしていました。
ただ、それだけでは人生に幅がなくなると思い、コンビニのバイトや宅配便の荷物仕分けなど違った職種のバイトもするようにしていました。
塾が週2日、家庭教師が週1~2日、コンビニは知り合いが店長だったためシフトを融通していただき週2・3日と、忙しい日々でしたが、労働時間は短かったです。
金銭的に困ることは少なく、大学生なのに、バイトが終わってから夜な夜な先輩たちと集まり、ボウリングへ行ったり、ビリヤードへ行ったり、ゲーセンへ行ったりと、外でお金を使っても大丈夫な生活をしていました。また、一人暮らしだったのと、塾の場所が離れていたこともあり、外食が多かったです。
今思えば、あの時代にもう少し節約を覚えていれば、今はもう少し違った生活だったかもしれないと、ちょっと反省する部分もありますが、大学時代にしか出来ないことをしていたという満足感もあります。
特別奨学金助かりました
大学は九州の片田舎、一応国立大学でしたが、レベルは低く、就職状況なども芳しいものではありませんでした。 今では医学部、工学部も出来ていますが、当時は教育学部、経済学部のみの寂しい大学でした。
仕送りは2万5千円、とても40年前とはいえ食べていけるものではありません。定期収入は家庭教師二つで1万、時給も低く、甘栗屋、ビヤガーデン、居酒屋など掛け持ちして、やっと6万前後で部屋代、食費を払うことが出来ました。
こんな時大変助けになったのが、育英会の特別奨学金でした。毎月8000円、私立だと1200円だったと思います。印鑑を持って支払いを受けまいした。
まだ銀行振り込みではなかったのです。教科書代、時々は飲み代、麻雀の支払いに当てたこともありましたが、当時の8000円はありがたいものでした。
卒業後毎月3000円返却しました。当時、他の方に話すと嘘だといわれるのですが、国公立大の授業料は月1000円。公立高校の授業料が月3000円ですからその三分の一だったのです。
貧乏学生が多く、私などはそれでも友人に借金、前借をすることはありませんでした。が友人の中には本、カメラ、ギターを質に入れるものもいて、それは珍しいものでもありませんでした。そんな友人からは特別奨学金は大いにうらやましがられたものです。
ギャンブルにハマってしまった
大学生の頃のお金事情についてお話します。
まず、大学の頃は一人暮らしをしていましたので当然家賃が発生します。
ワンルームのアパートで家賃は3万6千円でした。それと高熱等を含めると月の支払いは5万円前後でした。
大学の学費は親が出してくれており、仕送りも5万円月にもらっていたので家賃などは心配することはありませんでした。
しかし、大学生時代はサークルに入っていたため、飲み会などが多く遊ぶお金が必要でしたのでバイトはずっとしていました。
大体バイト代は月に8万円~10万円でした。これだけあれば十分生活できて当然ですが、大学の頃は飲み会の数がかなり多くて月に3万円近く使っていました。
それとギャンブルにはまってしまい貯金はほぼ出来ていません。今思えばかなり馬鹿だったと思います。
大学4年の時は就職活動でかなりお金を使いましたね。面接で県外に行ったりもしていた為、そこまでの交通費と宿泊費もかかりました。この時ばかりはローンを利用してお金を借りました。参考:学生がお金を借りる
福岡の大学でしたので東京で面接があるとかなりのお金がかかってしまいます。バイト代で何とかやりとりしていましたが結局大学卒業まで貯金はほとんど出来ていません。
大学時代は人との交流が多くなる分遊ぶお金がかなりかかると思っていたほうがいいでしょう。
高校生時代からアルバイトを
私は高校時代から、アルバイトをしていました。
なので大学1回生のときに既に貯金がいくらかあり、周りの友人と比べると比較的お金については潤っていたように思います。
しかし、大学生になると想像以上にお金を使うものです。
高校時代はなかった飲み会然り、サークル費用然り・・また、制服がなくなり洋服代もかさんできます。
そうなると、やはり足りなくなってきます。
そこで私はアルバイトを増やしてお金を稼ぐようにしていました。アルバイトを選ぶ基準は、どれだけ楽で稼げるか、というものでした。
また周りの友人達も、高校時代と比べて割りのいいバイトについている人が多かったように感じます。
また、1回生のころは、先輩におごって頂くことも多々ありましたが、上回生になっていくとやはり後輩におごらなくてはならなくなっていきます。
辛いなあ~、と思いながらもしぶしぶ払っていました。
そして就職活動が終わった4回生の春、単位もほぼ取り終わり、ひたすらアルバイトに励む毎日。
この頃は金銭的にもかなり潤い、4回生の夏休みは旅行にいったりと、非常に余裕を持ってすごすことができました。
友人を見ていると全体として、1回生の頃は少しカツカツ気味で、上回生になっていくほど少し潤ってくるかな、というような印象です。
金欠を働いて補った大学生時代。
大学生の頃から働いていました。
アルバイトというよりも、 いまでいうインターンシップに近いものだったかもしれません。
大学生活の始まりとともにひとり暮らしになりました。 学費や毎月の家賃、最低限の食費などは 親が負担してくれていましたが、 その他にかかる実習費やサークルで使うお金、 携帯電話代などは自分で稼がなくてはいけませんでした。
最初の頃は普通にスーパーなどでアルバイトをしていたのですが、 やはり単価が安いために、 学校をサボって働いてもあまりお金になりません。
もっと知識や技能を高く評価してもらえるところで 働いた方が稼げると思い、 それまで趣味でやっていたレザークラフトの ショップに掛けあってスタッフとして働かせてもらうことが出来ました。
私の作るレザーアクセサリーのセンスは人気があって、 次第にパーツの仕入れなども任されるようになって ほとんど正社員のような待遇で働かせてもらっていました。
そのため、大学生時代にあまりお金に困った記憶がありません。
身の程はわきまえていましたので、 派手な遊びなどには走らなかったことが良かったのだと思います。
学生がやるようなかわいい遊び程度のお金は 十分自分で賄うことが出来ました。 4年生時には仕送りの大半を無くすことが出来て 少しは親孝行になったかなと思っています。
自分が求められる環境を見つけることが出来たことは ラッキーだったと思います。